石川県立輪島高校創立百周年記念サイト

「総合学科の輝きと想い出」

平成20年~24年 総合学科主任 商業科目担当 笹谷聰史

輪島高校には、普通科とともにかつて商業科や家政科、輪島塗の伝統産業を担う人材育成のために木材工芸科などの課程があったが、高度経済成長期に輪島実業高校を新設し商業科、木材工芸科をインテリア科、そして工業分野の人材育成の要請を受け機械科を設置し輪島高校から移管した。輪島実業高校は職業高校として多様な産業界に多くの職業人を送り出していたが、生徒減や地域の要請に合わせ幾度となく学科改変を行い、最終的には、地域産業科、情報ビジネス科の2学科に変遷後、平成20年には輪島高校内に総合学科を新設し商業・工業系列を選択可能として発展的統合がなされた。初年度は普通科3クラス、総合学科2クラス募集定員200名が在籍し活気に満ち溢れたスタートとなった。

 河井校舎には専門教育に必要な機械装置が整っておらず、登校後スクールバス2台を使い稲舟校舎(旧輪島実業高校校舎)へ移動し授業を行った。私は平成19年度まで輪島実業高校で進路指導主事を任されていたが、転勤の辞令で母校である輪島高校に4月1日に着任し総合学科のクラス担任となった。すでに勤務していた地歴公民科担当の若手中島卓二先生と一緒に、分単位での移動計画や授業内容とともに系列についての説明資料、教務課との時間設定や時間割調整など超多忙で、一つひとつ新しいルールを考え、新設され「ゼロからスタート」の新生学科をどう運営するか、早朝から深夜まで取り組んだことが忘れられない。

 さて、前年度までに教育課程は決まっていたが、総合学科の必履修科目「産業社会と人間」は前期で終えるカリキュラムで他校に前例がなく、その内容やスケジュールを授業担当の私たちで考え、9月までに商業系、工業系の選択を終え10月からは専門教育科目をスタートし、卒業時には県内にある商業、工業の専門高校在籍生徒と同等の実績を残すべくさらに日々の工夫を重ねていった。私も含め輪島実業高校の専門教育を支えてきた教職員の意気込みは凄まじかったといえる。

 実際、進学を主とした輪島高校と、産業界へ即戦力の輩出も含め専門教育とともに部活動にも力点を置いた輪島実業高校は統合当初から校風が異なり、生徒・職員が新生輪島高校として共に歩むことができるか心配の連続であった。特に生徒指導上の不安は尽きなかったが、同じ校舎で一緒に過ごす時間の経過とともに、それぞれの学科の持ち味を発揮していった。

 専門教育は学習到達の証として資格取得を推奨し進めていくが、1期生が卒業時には商業系列は難関とされる日本商工会議所主催の簿記検定2級に多数合格するとともに全国商業高等学校協会主催検定にチャレンジすることによりライセンスを習得しビジネス実践力を身に着け、全9種目中7つに1級合格し7冠を達成した生徒も育成できた。また、工業系列では危険物取扱者乙種全6類取得や第二種電気工事士資格、海上無線技士取得など素晴らしい結果を連続して残し続けることができた。

 総合学科創成期、私にとって最も思い出深い行事が11月上旬石川県下一斉に実施された「いしかわ教育ウィーク」であった。校長の英断により京都の高校「堀川の奇跡」といわれた堀川高校現地に足を運び、中間成果発表会として開催されていたポスターセッションの視察に行き、新生輪島高校の1年生全員に地域活性化のテーマ設定を促し探究活動を進めたことである。ノウハウも経験もない教師と生徒が、市民への聞き取りやアンケートはもちろんインターネットを活用し、1年学年団教職員が知恵を出し合い、発表はもちろん、生徒全員が聞き手となり相互に質問をするプログラムを作り上げた。保護者はもちろん地域関係者も来校し盛会となり、担当者として暗中模索であったが、案ずるより産むがやすし、当日の生徒たちの活動に逞しさを感じずにはいられない瞬間であった。

 また、総合学科主任として平成20年度のメイン事業として人間国宝 前史雄先生に沈金とともに自らのものづくりへの思いを、後進である地元高校生にお話いただく企画を提案した。かつて、輪島実業高校の特別講師として授業を担当していただいた大先輩ではあるが、話すことはあまり得意ではないということで、講演については固辞され続けていた。総合学科には地域伝統産業への後進育成を担う目的の漆芸系列もあり、繰り返し粘り強く依頼を続け、その結果、前先生に承諾をいただけた時は安堵と嬉しさの頂点であった。当日の連続企画としてこれからの輪島をテーマとし、ビジョンを提案するパネルディスカッションも開催し、現在わじま「キリモト」として確固としたブランドを築き上げた桐本泰一氏、2年生の生徒会長とともに、総合学科1期生の漆芸系列選択生徒を交え、活発な意見交換がなされ活気あふれるイベントとなった。①ポスターセッション、②人間国宝の講演、③地域活性化提案のパネルディスカッションの三部構成は企画・運営とも大成功の評価をいただいた。

 同時に、新生輪島高校は併設校としての相乗効果を加速させ、普通科在籍生徒から平成20・21年度と金沢大学医学部に連続入学者を輩出し、最高学府の東京大学、京都大学に現役生(浪人生も含め)が合格するという昇竜の勢いであった。部活動も、各競技に選手を送り出したが、特に伝統ある野球部が平成21年春の石川県大会で久しぶりに決勝まで快進撃を重ね準優勝し、北信越大会にまでコマを進めることができた。そんな中、1期生が3年になり生徒会長も総合学科在籍生徒が連続就任し、生徒会活動活性化に尽力していった。普通科、総合学科の併設5クラスの高校として大躍進の時代であったと断言できる。

 しかし残念ながら、奥能登の少子化は急激に進み、生徒減により総合学科は募集停止となり、現在は1学年普通科2クラス、総合学科商業系列を引き継いだ普通科ビジネスコース1クラスのみの高校となり、120人定員確保もままならない。

 一つの時代が終わったことは、事実であり冷静に受け止めなければならないが総括は不可欠である。近年普通科志向がさらに強まり、他の専門高校でも就職ではなく進学希望者の割合が高くなってきている現実がある。やはり、普通科の難関大学合格はもちろん、ビジネスコースはカリキュラムを実践的な活動も更に盛り込み、今まで以上に魅力あるものにしていかなければならない。この地区のほとんどの生徒を受け入れ、その教育を担う輪島高校は今後どうあるべきなのか。その役割は10年後、20年後の輪島を背負って立つ人材育成の場であることは間違いない。そのような状況で学校を取り巻く環境は、働き方改革、ワークライフバランス、ブラック職業などのキーワードが社会に広がり、ここ数年で激変した。「教育は国家百年の計」といわれるように、一国のリーダーや行政が先頭になり教育の理想を実現すべきである。その役割を担う教員はやりがいがある素晴らしい仕事である。これからも、意欲ある若き教師はもちろん、輪高卒業生も教壇に立ち熱い思いを継承する姿を願っている。

校歌にある言葉、「理想の岸へ いざ進まなん」

これからも、キラリ輝き続ける能登の雄として輪島高校は若者の目標とされる学び舎であり続けて欲しい。 

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